2011年09月01日

千葉雄大

千葉雄大

「CHOKi CHOKi」の専属モデルや、天装戦隊ゴセイジャーの主演などを務める。
宮城県多賀城市出身。
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奥州千葉氏

東北地方には「千葉」家がほかの地方に比べるととても多い。
なぜ関東発祥の千葉氏が東北地方に繁栄していったのか。
実は謎が多く、その詳細はわかっていないのが実際のところである。
ただ、家々には様々な伝承(ときには史実としては疑問があるものもある)があり、
そういった伝承は文化として後世に伝えていくことが大切である。

千葉氏が東北地方に関ったのは、文治5(1189)年7月にはじまった
源頼朝による奥州合戦である。
この戦いは二度にわたって行われ、
第一次奥州戦(対奥州藤原氏)では千葉常胤が東海道大将軍、
第二次奥州戦(対大河兼任)では千葉胤正が常胤に代って
海道軍大将を務めるなど軍功があり、
恩賞として奥州(おもに海道筋)に多くの所領を給わった。

千葉氏にとっては、藤原泰衡を討つことにより、
藤原秀郷に敗れた平将門の仇をとったと言える。

9月20日、平泉における論功行賞で千葉介常胤は
陸奥国行方・宇多・亘理・伊具・岩城・宮城・黒川郡内に地頭職を給わった。
常胤はのちに子息六人(千葉胤正・相馬師常・武石胤盛・大須賀胤信・国分胤通・東胤頼)
に所領を分け与え、
奥州相馬氏や亘理氏(奥州武石氏)は、このときに分与された土地を拠点として発展していった。

武石胤盛からは、亘理氏を経て涌谷伊達氏を輩出している。
伊達政宗を初め、代々伊達家に仕えた。

また、坂本龍馬も学んだ北辰一刀流を創始した千葉周作、
国際連盟事務次長を務めた新渡戸稲造は奥州千葉氏と言われている。


千葉氏の代表的な家紋
・月星
・九曜

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千葉氏の家紋として有名な月星


参考URL
http://members.jcom.home.ne.jp/bamen1/oushumain.htm
posted by ほし at 07:44| Comment(0) | 家系 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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